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外国人(ブルーノ・タウト)から見た、昭和の日本と日本人


 

「日本では、衣服の点では家屋と同様、地味な色合いが一般的で、中国でありふれているけばけばしい色や安ぴかのものが存在しないことにわれわれは気づいた。(オズボーン 江戸時代)」
「逝き日の面影 平凡社」

 

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今回の記事は、ドイツ人の「ブルーノ・タウト」という世界的建築家が見た昭和の日本を紹介します。
ブルーノ・タウトは1933年(昭和8年)に来日し、そのときの印象を「ニッポン 講談社学術文庫」という手記にまとめています。
今回は、ここから抜粋して、タウトが見た昭和の日本をご覧いただきたい。
その前に、この1933年(昭和8年)がどんな年だったかを、ウィキペディアから見てみましょう。

 

この年には、こんなことが起きていたんですね。

 
・ ヒトラーが独首相に就任、ナチス政権獲得

・作家小林多喜二が治安維持法違反容疑で逮捕される。東京・築地署に留置され特別高等警察の拷問により虐殺される。

・国際連盟が日本軍の満洲撤退勧告案を42対1で可決。松岡代表退場。
*このとき、唯一棄権した「1」の国がタイです。

・フランクリン・ルーズベルトが第32代米大統領に就任。ニューディール政策始動。

・齋藤首相、国際連盟脱退を伊勢神宮に報告

・大阪市営地下鉄御堂筋線の梅田(仮) – 心斎橋間が開通。日本初の公営地下鉄。

・ウォルト・ディズニー・カンパニー製作のアニメーション映画『三匹の子ぶた』が公開される。

・五・一五事件被告に対する減刑嘆願書が7万通殺到

・東京有楽町に日本劇場開場

・自動車製造株式会社(後の日産自動車)設立

・ 東京ステーションホテルが鉄道省直営となり東京鉄道ホテルに改称・開業

 
タウトの訪日には、「ヒトラーが独首相に就任、ナチス政権獲得」というドイツでの出来事が関係しています。

当時、タウトはナチスから「要注意人物」として目をてけられていました。それで、命の危険を感じて日本に亡命してきたのです。

 
このタウト氏は、他の訪日外国人旅行者とはちょっと違って、日本をよく理解しているようです。

「私の日本における旅行は世界漫遊者のそれとは異なる。それどころか、私はほとんど専(もっぱ)ら日本人自身の手からのみあれこれと色々なものを見せて貰い、日本人と共に居り、日本人の家に住むという、恐らく外国人には滅多に恵まれないような、非常な幸運に恵まれている」

 

このように、日本を他の外国人以上に深く知ったタウトは、日本の文化に深く魅了されることになりました。
これからのタウトの文を読んでもらえば感じると思いますが、タウトは単に魅了されたのではなく、日本に心酔しているようにも感じられます。

 

中には、私から見ても、「褒めすぎでは?」と思ってしまうような言葉もあります。でも、これは、タウトが誰かに「言わされた言葉」でも「書かされた言葉」でもありません。

心に思ったことを、そのまま文章にしたものです。
*日本についての様々な印象

*能楽が、日本文化や日本の自然に対する理解を呼ぶものであることについて

 

「これらの事象について、ヨーロッパ人が言語や文献等で何十年にわたって研究してみたところで、それほど精緻な研究をせずとも既に血液の中にそれを持っている日本人の域に達することはとうてい出来っこない、と私は考えているのである」

 
「日本!それはヨーロッパ並びにヨーロッパ文明の支配する世界にとって日出る国である。さまざまの夢、奇蹟への期待、芸術文化と人間文化との連想がこの国に結びつけられている」

 

「そこには古来このような形式が驚くほど洗練され、なおかつ生命を保つ続け、現在の傾向にまったく合致すると思われるような形で建築その他の芸術に現れていたのである」

 

「ヨーロッパ人が多くの場合東洋という概念と結びつけて考えるような不潔さを持たぬ東洋的な情景を現出している。特に都会の内で、人々が各自の店先で道路を清掃し、絶えず水を打ち、なおその上、簾(すだれ)などで自動車の埃(ほこり)を防いでいるのは、実に驚嘆に値する」

 

「日本の耕作を眺めるのは、大工や漆職人等の仕事を見るのと決して劣らぬ楽しみである。ヨーロッパ人の眼にとっては、田畑にさえ一本の雑草をも見ないということは、まったく驚嘆すべきことなのである」

 

「日本料理そのものが既に特別な一章を成すに足るものを持っている。料理は主として自然なままの状態である。栄養があって美味しい刺身のように生ではないにしても、常に明瞭、簡素、純粋の状態で饗されるがゆえに、ヨーロッパ人にとっては実に喜ばしく、驚きべきもがあり」

 

「日本は実に、太初以来その固有の独自な文化を、外部の妨害を受けることなく自主的に今日に到るまで進展させ得たところの国土である。日本は幾世紀の間にしばしば外国の影響を摂取同化し、日本的なものへと変形し、その結果再び日本独自のものを産み出したのであった」

 

 

*この時代の日本人が西洋の影響を強く受けていて、「日本」に眼を向けていないことを危惧して 。

「日本人の眼は今極めて強く西方に向けられているがゆえに、それだけ強く日本人に自国に対する観念が、西欧の批判によって影響されているのである。そしてこの影響の害毒が流す危険はすこぶる大きい」

 

「『日本』という問題は、もはや日本のみの問題ではなくして、世界全体の問題である。この国もまたその国民の自覚の低下にともなって、次第に退屈に、無味乾燥になり始めるとしたら、それは全世界にとって恐るべき損失であろう」

 

*伊勢神宮について

「日本が世界に贈った総ての源泉、日本のまったく独自な文化の鍵、全世界の讃嘆措(お)く能(あた)わざる、完全な形式を備えた日本の根源、-外宮、内宮、荒祭宮の諸宮を有する『伊勢』こそこれらの一切である。あたかも天の成せるが如きこれらの造営物を描き写すことはとうてい出来ない」

 

*伊勢神宮の「式年遷宮」について

「この事実一つの中にも、何という崇高な、まったく独自な考え方が現れていることであろう!」

 

 

*伊勢神宮の建物について

「いわば稲田の作事小屋や農家の結晶であり、真の『神殿』すなわち国土とその大地の精髄(せいずい)の安置所なのである。国民はそれを国民の最高の象徴として崇拝する」

 

「日本の文化が世界のあらゆる民族に寄与したところのものに対して、多少なりとも心を動かされる人は、親しく伊勢に詣でねばならない。そこにはこの文化のあらゆる特質が一つに結晶しており、それゆえ国民的聖地より以上の何ものかが見出さるのである。外宮を持った伊勢はー一言にして言えばーそもそも建築術の神殿であるのだ」

 

*優れた文化をもっていたインカ帝国がヨーロッパに滅ぼされたことを受けて

「日本が少なくてもその種類における唯一の範例として、植民地化の宿命から免れて来たということは、実に喜びに堪えないことである!外国人にとって、この美しい国土をその自然またはその寺院や庭園などよりも以上に魅惑的ならしめる所以のものは、実に生活のあらゆる事象の中に今もなお生きている日本の伝統である」

 

 

*タウトの妻の追憶

「亡なくなりました夫が、あれほど愛し、尊敬しておりました日本、または夫の生涯を最も豊かにしてくれました日本、その日本を識(し)る上に、色々親切な手引きをして下さったお友達の皆様に、只今夫に代わりまして御礼を申し上げます」

 

「夫はどこへ行きましても、夫が識りました日本をその地に広めようと努めておりました。夫の努力はもとより芸術的文化的領域で行われましたものでございましたが、それがいささかなりとも日本および日本人の心理を呼び起こすのに役立ったであろうと私は信じております」

 

*ここまで日本や日本人のことを思ってくれた夫婦を、「過去の人」として、忘れてしまうのはあまりに残念です。

 

そう思って、今回の記事で取り上げたました。

 

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