カテゴリー別アーカイブ: 東南アジア

インド大反乱・太平天国の乱、暴力 or 英雄的行為?

 

以前、別のブログで、「インド大反乱」と「太平天国の乱」について触れました。

日本という「アジアの光」①~インドネシア・フィリピンなどからアジアから見た日露戦争~

 

今回は、この二つの出来事をもう少し掘り下げて伝えていきたいと思います。
インド大反乱も太平天国の乱も、結局は武力衝突です。
だから、当然、多くの人間の命がなくなってしまいました。

 

悪い見方をすれば、「大量の人が殺されることになった暴力行為」と言うこともできると思います。

 

こうしたことを知ると、以前の私だったら、「武力に訴えるのではなく、話し合いなど、平和的な方法で解決できなかったのか」と、ついつい思ってしまいました。

 

19世紀の出来なんですけどね。
21世紀には21世紀の常識があるように、19世紀には19世紀の常識があります。19世紀に生きた人は、その時代の常識にしたがって行動します。

 

それが当たり前のことなのに、自分は、21世紀の日本の常識から19世紀の出来事を見てしまっていたなあ、と思います。

 

現在のインド人や中国人は、19世紀にした彼らの行為を支持しています。

 

多くの人が殺されることになったインド大反乱(シパーイーの乱)や太平天国の乱を、現代のインドや中国は、愛国的な行為であり、「正しいこと」であると認識しています。

 

その認識は、それぞれの国の歴史書を見ると分かります。
中国の歴史教科書では、太平天国の乱を以下のように記述しています。
「その輝かしい功績は、中国人民が奮闘しつづけることを永遠に激励するであろう(中国の歴史 中国中学校歴史教科書 明石書店)」

 

まあ、中国ではこの乱について、「西洋への抵抗」ということより、「清への抵抗」ということを重視していますけどね。

 

また、インド大反乱について、インドの歴史家は次のように述べています。


「何百もの農民、職人、兵士が一年以上にわたって果敢に戦い、その模範的な勇気と犠牲によって、インド人民の歴史に輝かしい一章を書き残した(近代インドの歴史 山川出版)」


「ジャマー・マスジッド(ウィキペディアより)」

 
「デリー市内最大のモスクであるジャマー・マスジッドの前までイギリス軍が侵攻してくると、白いローブを着て、殉教者のような服装をした夥(おびただ)しい数のムスリムが中から走り出してきて、イギリス人と猛烈に戦い、殺された。

白装束の彼らは銃を使わず、太刀を振りかざして戦い、次々と殺されていった。それはまるで儀式の執行にように見えた。これがデリーにおける聖戦士の集団の最後であった(インド大反乱一八五七年 中公新書)」

 

これら中国とインドの歴史書には、「この争いは、多くの人命が失われた暴力的行為だった」、「平和的手段で解決すべきだった」などという表現も、それを匂わせる記述もありません。

 

「人の命が失われた」という面ではなく、国のために行った「英雄的な行為だった」という面を重視しています。

 

ボクが今まで旅行してきた国では、国のために戦ったことは、多くの命が失われても、その行為が失敗に終わったとしても、「正しい行いだった」と考えられていました。
それが、「世界の常識」なのかもしれません。

 

一つの出来事のどこを見るかで、当然、見え方も違ってきます。

 

私には、中国やインドへの愛国心はありません。
だから、「多くの人の血が流れた」ということに目がいって「暴力行為」のように見えてしまったと思います。

 

ですが、中国やインドでは、彼らの愛国心に着目して「偉業であった」と見ています。

 

愛国心を抜きにしても、現在の中国人やインド人が、19世紀の中国人やインド人たちに、「平和的に解決しろ」とは求めないでしょうね。

 

19世紀の人間に、「インド大反乱」や「太平天国の乱」といった武力に訴えるのではなく、話し合いで問題を解決しろ、というのは、あまりに現実味に欠いています。

 

その当時の西洋諸国が、中印の代表者と話し合いに応じて、その内容に合意し、ただちにインドや中国から出て行く、ということは考えられません。

 

ですが、先ほども言ったように、以前の私は、この時代のことであっても、「話し合いによる平和的な方法で解決できなかったのか」と考えてしまっていました。

 

これはとても、ムリですね。
19世紀のインド人や中国人に、「21世紀の日本の価値観や常識にしたがって行動しろ」と、求めるようなものです。

 

だから、この時代であれば、武力に訴えることもやむを得なかったのではないか、と今は思っています。
過去の出来事を見るときは、意識しないと、ついつい現在の日本の常識から見てしまいがちになると思います。

 

その当時の常識やそこに生きる人の視点をふまえて、その出来事を把握することが大事ですね。

 

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東南アジアとサンスクリット語・「アンコールワット」の由来

 

 

前回に、「タイ人を驚かせる魔法の言葉」として、「クルンテープ・マハーナコーン」について書きました。

 

 今回は、さらに一歩進んでこのタイ語の「ナコーン」という言葉について書いていきます。

 「ナコーン」なんて言葉は初めて聞いた!
 という人も多いと思いますが、実は大抵の日本人はこのナコーンを知っています。

 

 特に、カンボジアに興味がある人や実際に行ったことがある人は、このことを知っているはずです。
知っているけど、それが「ナコーン」だとは気づいていないだけです。

 

では、そのナコ―ンについて、書いていきますね。
 この「ナコーン」という言葉も、「NAGARA(ナガラ)」というサンスクリット語を語源としています。
 覚えてますか?サンスクリット語。
こんな言語でしたね。

 

「インド=ヨーロッパ語族に属するインドの言語。梵語(ぼんご)とも呼ばれ、古代インドでは共通語として活用された。現在もインドの公用語の一つになっている(世界史用語集)」

 

 タイ語の「ナコーン」は、「都市」・「街」といった意味があります。
 サンスクリット語は、インドや東南アジアに広く伝わっています。
ですから、それらの国の都市名に、この「NAGARA」を由来とする言葉がついていることも多くあります。

 

 例えば、インドでは、「ナガル」という言葉になっていて、カシミール州には、「スリナガル」という都市があります。
 また、ガンディーが生まれたグジャラート州には、その名にちなんで名づけられた

「ガンディーナガル」という都市があります。
意味は、そのまま、「ガンディーの町」です。

 

 「NAGARA」は東南アジアに伝来して、タイ語の「ナコーン」になったことは先ほど書きました。
 この言葉は、マレーシアでは、「NEGARA(ネガラ)」というマレー語になっています。

 

 写真のマスジッドは、「イスラム礼拝所」のことで、「NEGARA」は「国、国立」という意味です。
 つまり、「MASJID NERGARA」とは、「国立のイスラム礼拝所」という意味になります。

 

ちなみに、「マスジッド」と「モスク」は同じく、イスラム教徒の礼拝所のことをさします。
マスジッドはアラビア語で、モスクは英語ということだけです。

 

ほとんどのムスリム(イスラム教徒)は、どちらの言葉を使っても気にしないと思いますがう、イスラム教徒と話すときは、「マスジッド」を使った方がいいかな、と思います。

 

 

 ただ、不思議なことに、マレーシアやタイに伝わったこの「NAGARA」という言葉が、どういうわけかカンボジアには、伝わらりませんでした。
 ということは、ありません。

 安心してください、来てますよ。

 

 このサンスクリッド語の「NAGARA」が、カンボジアでは、「アンコール」というカンボジア語になっているのです。
 日本人が大好きな世界遺産「アンコール・ワット」の「アンコール」です。

 

 カンボジアに興味がある人なら、カンボジアにアンコールワットがあることは、知っているはずです。

 

 このカンボジア語の「アンコール」は、タイ語の「ナコーン」と同じで、サンスクリット語の「NAGARA」を語源としています。
 つまり、これらはまったく同じ言葉です。

 

ただ、タイ語発音だと「ナコーン」になって、カンボジア語発音だと「アンコール」になるということです。
 だから、「アンコール・ワット」をタイ語で発音すると、「ナコーン・ワット」になります。

 

 まあ、普通の日本人が、このタイ語発音の「ナコーン・ワット」を使うことはないと、まず思います。
けれど、もし、何かの機会で使うなら、少し注意が必要となります。

 

 これをカンボジア人の前で言ってはいけません。
 カンボジア人には、タイ人をあまり良く思っていない人が多くいます。

 

 2003年には、「タイ大使館焼き討ち事件」という事件が首都プノンペンで起きてました。
 これは、タイ人の女優のある発言がきっかけとなったとされるものです。

 

「タイのものだったアンコールワットを奪ったカンボジア人は嫌い。アンコールワットはタイに返すべき!」

 といったことを、タイのテレビ番組で発言したと、カンボジアの新聞が報道しました。
 そして、次のような事態にまで発展した。

 

「1月29日、プノンペンにて、発言に怒った市民約3000人がタイ大使館を包囲し、タイ国旗を焼くなど、暴動が勃発した。一部は館内に侵入し放火などの行為を行ったため騒がれた。

また、この暴動においてタイ人が慕っているプミポン国王の肖像が踏みつけられている写真が流出したこともあり、今度はタイ側で抗議が発生。

 バンコクのカンボジア大使館に500人近いタイ人が集まり、カンボジア国旗を燃やすなどしたが、プミポン国王が「悪党の行動に反応してはならない」と発言したことで、沈静化した。

 1月30日には大使館周辺の騒動は収まり始めたが、タイ王国のタクシン・チナワット首相の「1時間以内に事態を収束しなければ、自国民救助のため、特殊部隊を派遣する」との発言への反発から、再び暴動が勃発した。

タイ系ホテル、商店、企業、工場など市内15か所が投石や放火などで大ダメージを受けた。この一連の暴動で、タイ人1名が死亡、約10名が負傷した。被害総額は約30億円となった(ウィキペディア)」

 

 実際のところ、多くのカンボジア人は、タイを良く思っていません。
国境紛争で、タイとカンボジアの軍が衝突して、死傷者を出したこともあります。

 

カンボジア人には、タイに反タイする人もいます。
失礼しました。

 

 カンボジア人からは、こんなことを聞いたことがあります。

 「タイでは、アンコールワットはタイのものだ、って学校で教えられているんですよ」

 「バンコクのワットプラケオにあるアンコールワットの模型は、『あれは、タイのもの』ということを表しているんですよ」

 

 どこまで本当か分からないという「都市伝説」のようなものかもしれませんが、これを信じているカンボジア人は、けっこういると思います。  

 

そんなカンボジア人が誇りとするアンコールワットを、タイ語で発音して喜ぶカンボジア人はいないでしょうね。
 日本と韓国もそうだけど、「お隣さんの国」には、いろいろ複雑な事情があるようです。

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タイ旅行に行く人へ、タイ人を驚かせる「クルンテープ」

 

「日本人は私がこれまで会った中で、もっとも好感のもてる国民で、日本は貧しさや物乞いのまったくない唯一の国です(オリファント 幕末)」「逝き日の面影 平凡社」

 

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以前、「マハ(偉大な、大きい)」というサンスクリット語について書きました。
この「マハ」が、日本語の「摩訶不思議」の「摩訶(まか)」の語源となった、という話です。

 

インドの「マハラジャ(大王)」の「マハ」も、「マハトマ・ガンディー(偉大なる魂:ガンディーのこと)」の「マハ」で同じです。

 

今回も、サンスクリット語つながりで、もう一本記事を書かきたいと思います。

このサンスクリット語の「マハ」という言葉は、日本だけではなく、タイなど東南アジアの国々にも伝わって、現在も使われています。

 

「世界で一番長い名前の首都は知ってる?」

バンコクで、同じ年ごろの日本人と知り合い、ご飯を食べているときに、そう聞かれことがあります。

 

幸い、それは、知っていました!
スリランカの首都の「スリジャヤワルダナプラコッテ」です。

「いや、実は、違うんだよね。答えは、タイの首都なんだって。『バンコク』っていうのは、正式名称じゃないらしい」

 

ということで、自分は勘違いをしていたらしい。
「でも、その正式名称が長すぎて覚えていないんだけど」
なんだ、知らんのかい。
と、そのときは思ったけど、確かにこれは覚えられそうにない。

 

「バンコク」というのは、外国人が使う呼び方で、タイ人は、4これとは別の正式名称で呼んでいるようです。

 

在日タイ大使館のHPには、このようにあります。

 

「外国人はタイの首都を「バンコク」と呼びますが、正式名称はバンコクではなく以下の通りとても長い名前です。 普段、タイ人は正式名称の初めの部分「クルンテープ」を首都名として呼んでいます。
正式名称
“クルンテープ・プラマハーナコーン・アモーンラッタナコーシン・マヒンタラーユッタヤー・マハーディロックポップ・ノッパラット・ラーチャタニーブリーロム・ウドムラーチャニウェートマハーサターン・アモーンピマーン・アワターンサティット・サッカタッティヤウィサヌカムプラシット”」

 

あまりにも長いので、普通は、タイ人でも覚えていないといいます。
私は、これをすべて言うことをができたタイ人には、今までに2人しか出会っていません。

 

タイ人は、大抵、「クルンテープ(天使の都)」か「クルンテープ・マハーナコーン」と呼んでいるようです。
このHPにある「プラマハーナコーン」の「プラ」は無視していいです。

 

ちなみに、タイ語の「プラ」は、「聖なる」「仏像」「僧」という意味があり、「ワット・プラケオ」の「プラ」や、ラオスの「ルアンプラバーン」の「プラ」でも使われています。

 

あるとき、タイ人から、「バンコクは、どうだ?」と聞かれたので、何気なく「I like this city  クルンテープ・マハーナコーン」と言ったら、そのタイ人が目を丸くしていました。
「よく知っているな!驚いたよ」
と、喜んでもくれましたよ!

 

これで味をしめたので、「クルンテープ・マハーナコーン」を別のタイ人に言ってみたところ、同じようにびっくりしましたね。

 

「おまえは、タイ人だ!」というお褒めの言葉もいただいたり。
「クルンテープ」だけでなく、「クルンテープ・マハーナコーン」まで言うのが、ミソですよ。

 

この「マハーナコーン」の「マハー」というタイ語が、「マハ」と同じサンスクリット語で、はるか昔、インドからタイに伝わった言葉です。

 

写真の仏像(頭部)がある寺も、「ワット・マハタート」で「マハ」があります。

 

「マハー」が「偉大な」、「ナコーン」が「都市」という意味で、「マハーナコーン」は、「偉大な都市」になります。
バンコクの正式名称の中には、3つ「マハー」があります。
すべて、サンスクリット語の「マハー」でしょうね。

 

外国人が「ファランポーン駅」と呼ぶバンコクの中央駅も、正式名称は「クルンテープ駅」です。

タイ人はやはり、こちらの言い方をしているようです。

 

タイ人にとっては、「バンコク」よりも「クルンテープ」の方がなじみがあるし、普通は外国人も使わないから、この呼び方を外国人がすると親しみを感じてくれますよ。
タイに行ったら、ぜひ、試してみてください。!

 

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知ってましたか?日本語にあるサンスクリット語 ~例えば「カルピス」~

 

以前、別のブログでこんな記事を書きました。

「暴力のすすめ」 by  ガンディー

その「ガンディーつながり」で、今日は雑学的な記事で書いていきます。

 

インドで、ガンディーは「マハトマ・ガンディー」とも呼ばれています。
この「マハ」は、「偉大な」という意味のサンスクリット語です。 ちなみに、「サンスクリット語」とは、こんな言語です

 

 「インド=ヨーロッパ語族に属するインドの言語。梵語(ぼんご)とも呼ばれ、古代インドでは共通語として活用された。現在もインドの公用語の一つになっている(世界史用語集)」

 

「マハトマ」を日本語にすると、「偉大な魂」になります。
この「マハ」は、「マハラジャ(大王)」の「マハ」と同じ言葉です。
このサンスクリット語の「マハ」は、世界のいろいろな国に伝わり、現在も使われています。

 

日本も例外ではなく、すっかり日本語になって、現在でも多くの日本人に使われているのです。
これから、そんな「サンスクリット語由来の日本語」をいくつか紹介してます。 下の言葉は、「日常語から分かる仏教入門 ひろさちや」を参照にしました。

 

まず、この「マハ」という言葉は、日本語では、「摩訶(まか)」になりました。  「摩訶不思議」の「摩訶」です。
意味は、マハと同じく「大」でしょうね。

 

・「仏陀(ブッダ)」

これはサンスクリット語で、「(真理に)目覚めた人」という意味になります。  

 

・「旦那(だんな)」

サンスクリット語で「布施をする人」のことを「ダーナパティ」と言ます。
この言葉が日本語の「旦那」になりました。

 

・「南無(なむ)」

「南無阿弥陀仏」「南無法蓮華教(なんみょうほうれんげきょう)」の「南無」ですね。
この言葉は、「帰依する」を意味するサンスクリット語の「ナマス」に由来します。  

 

現代のインドのあいさつ「ナマス・テー」の「ナマス」と「南無」は、同じサンスクリット語由来の言葉です。
「ナマス・テー」は、「あなたを尊敬(に帰依)します」という意味です。

まあ、この言葉をインド人が使うとき、本当にそう思っているかは知りませんけどね!

 

・「島(しま)」

ここでいう「島」は、「アイランド」ではありません。
「この辺は、オレのシマだ」というように、一定の区画を表す「シマ」です。
この「島」は、サンスクリット語の「シーマ ー」が語源になっている、という説があるといいます。

 

・「魔(ま)」

サンスクリット語の「マーラ」が語源です
意味は、「死にいたらしめるもの」「殺すもの」。
怖いですね!

それが、「仏道修行の妨げとなるもの」の意味になり、人の心を乱したり、善い行いをするのを邪魔するようなものを「魔」と呼ぶようになりました。

 

・「斑(まだら)」

まだら模様の「まだら」は、サンスクリット語の「マンダラ(本質をもったもの)」が語源となっています。
チベット仏教の「マンダラ」と同じ言葉ですね。

 

・「琵琶(びわ)」

サンスクリット語の「ヴィーナー」が語源です
弁天様が持ってる楽器で、琵琶湖という湖名にも使われていますね。

 

・「瓦(かわら)」

「鉢(はち)」や「頭蓋骨」を意味するサンスクリット語の「カパーラ」が語源です。
それが、なんて屋根の「瓦」になったのでしょう?
よく分かりません。

 

・「塔(とう)」

サンスクリット語の「ストゥーパ」が語源です。
ストゥーパとは、「もとはブッダの遺骨をおさめるための建造物のこと。 仏像出現以前、信者は これを礼拝していまた。

 

「インドでは石造であるが、中国・日本では木造となった(世界史用語集)」

 

というものです。
このサンスクリット語を、中国人(西域人?)が、漢字で「卒塔婆」と書き表し、それが省略されて「塔」になりました。
以前見たテレビ番組では、日本にある三重の塔や五重の塔などの「塔」とは、「釈迦の遺骨があるお墓のこと」と解説していました。

 

・「カルピス」

カルピスが発売されたのは、第一次世界大戦が終わった翌年の1919年のこと。
このとき、当時の社長が、新しい飲み物の命名を仏教学者に相談したところ、仏教の言葉の「醍醐味」をすすめられたそうです。

 

この「醍醐味」は、サンスクリット語で「サルピス」と言 います。
このサンスクリット語に、当時の日本で人気があった「カルシウム」を足して、「カルピス」という飲み物が生まれたということです。

 

「体にピース」は、「平和」のピースと「サルピス」の「ピース」をかけたものですかね? こうした言葉の伝来をみても、インド文明の影響力の強さを感じますね。

 

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